確実な収入を選ぶことと自分サイズの商売を生むのにかかる労力は同じ

公開日: 2014-09-23 お金 仕事

最近、地方に増えてきた釜焼きパンのお店。
彼らも生き方を模索して始めたのだろうか。


大谷さんのインタビューで「いかに稼ぐかを考えている」と言った。

実際その通りなのだけど、今日ふと思いついたのは
今のぼくが組織につとめるにせよ、自分で仕事をつくるにせよ、
トータルで楽しさ・しんどさ・生活のクオリティは同じ、ということ。




以前は、「世の中のために」ということを一番に行動していたので、
自分で仕事をつくるメリットはほとんどなく、
むしろ組織のなかで大きなプロジェクトに関われることが重要だった。
ぼくの楽しさのすべてはそこから生まれるので、
「生活のクオリティも、しんどさも、関係ない!」という気概で動いていた。

フリーになってからは、”生活のクオリティ”の優先順位が急上昇。
結果、いかに”効率よく仕事を進めるか”ということが重要になった。
乱暴に言えば「楽して稼ぎたい」と言い換えられなくもない
(というか、正直今でもそう思っている部分もある。。。)けど、
フリーになってからの仕事を思いだすと、結構、”しんどい”仕事多かったような。。

ここは少し複雑ですが、
”効率よく進めること”と、仕事の時間も含めて”生活のクオリティ”を高めること、
が楽しみの源泉だったので、
ものすごくしんどいけど 楽しい仕事、というのも存在できてしまうわけで、
自分さえ納得できれば、しんどさは関係なくなるということ。

基準が”世の中”から”自分”に移ったのが、組織にいるときといないときの違い。

そして、この半年ほどで
”自分基準”が明確になってくるにつれて、
組織に勤めることは
「確実にお金が手に入るが、自分を曲げる覚悟が必要なこと」であり、

自分で仕事をつくることは
「お金を得られるかは不確実だが、”自分基準”を最も一致した状態にできること」
という考えに至りました。

つまりトータルで見れば、
”お金を得られる確実性”と”自分基準の水準値”の交換ということ。

ここで、一般的には”お金を得られない=生きていけない”なので、
議論の余地なく確実な収入を選ぶのだと思いますが、
お金の多少と自分が感じる豊かさって、
工夫や考え方によってはまったく比例しないことに気づき、
今は”自分基準”をダントツで最優先にして、
お金を得たり、使ったり、をするようになりました。

そのような意味で、最近は「いかに稼ぐか」ということを考えています。

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