のこさんと「西宮の円坐」をします。
公開日: 2015-02-11 企画の案内
出典.ja.wikipedia.org |
円坐の案内文は何度も書いたけれど、
これまでの経歴(NPOでの経験など)を
含めた視点で書いたのはこれが初。
自分としては、よく書けたなーと、
自画自賛だけれど思ったりもしています。
以下案内文
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こんにちは。
フェンスワークスの小林けんじです。
この度、太田園子さんに会場を提供していただき、
西宮にて円坐を開催するはこびとなりました。
CAVE以外で円坐をする機会はほとんどないので、
とっても楽しみです。
一緒に開催するのこさんの円坐の案内文は、
とても丁寧に円坐のことを説明してくれています。
ぜひ、ご一読下さい。
小林けんじ
◎日時:2015年3月8日 12:00~18:30
12:00~15:00 セッション
15:00~15:30 休憩
15:30~18:30 セッション
◎場所:阪急西宮北口から歩いて5分のところ。
(阪急西宮北口駅で集合して一緒に向かいます)
◎料金:3000円
◎定員:10名(5名以上で開催)
◎募集締切:2/28
◎お申込先:fenceworks2010■gmail.com(■を@に変換してご利用ください)
TEL・FAX 06-6568-9700(フェンスワークス)
※事務所不在の時間もあり、できるだけE-mailでお願いいたします。
手作りクッキーとおいしいコーヒーを
ご用意してお待ちしています。
【企画のこより ご案内】
円坐は、ただ人が集まって、丸くなって坐って、
ある時間を一緒に過ごす。
じっと人の話を聞いてくれる守人(ファシリテーター)がいる。
というそれだけです。
何もやることが決まっていないし、テーマもありません。
しゃべってもいいし、黙っていてもいい、自由な場。
そんな、削ぎ落とされたような非日常の場で、
わたしは自分の存在(想い)だけが頼りとなります。
その想いを、時に、たどたどしく話し始めると、
じっと聞いてくれる人がいるせいか、
ぽつん、ぽつんと自分の底の方から、ことばが湧き出ることがあります。
それまでことばにならなかった自分が感じていることが、
ことばになることがあるのです。
ことばになって初めて、
自分はこういうことを感じているんだと知ることになります。
また、円坐では、時折、沈黙の時間が訪れることがあります。
沈黙の時間、、、自分の想いを探ったり、聞いた話について考えてみたり、、、。
わたしは、子供の頃から、人が集まっているところでは、
自分がはずれた場にいるように感じることがありました。
だから、プログラムが組まれているようなワークショップなどでは、
自分の準備が整わないまま進んでいって、
終わってしまうような感じがするときがあります。
ある円座の沈黙の時間、この時もはずれているように感じたので、
イメージで、自分の空気とその場の空気を混ぜることをしてみました。
そしたら、だんだんと、
自分がちゃんとその場に入っていっているような気がしてきました。
守られた自由な場での沈黙の時間に、自分が何を想うのか、
わたしにとって、非常に興味深い時間でもあります。
また、守人によって守られた場だから、
日常ではあまりしないような、
相手にストレートに自分の思いを投げかけることもあります。
そうすると、相手から何かが返ってきたり、
またわたしが投げかけたりする、お互いの思いのやりとり、
人との真剣なやりとり、日常生活ではあまり味わえないような、
「生」の手ごたえを感じることがあります。
そんなふうに、円座を重ねながら、
わたしは、自分が自分の元へ帰っていくような気がしています。
そして、円坐で感じたいろいろなことが、
わたしの日常生活に、最近、滲み出ているようにも思います。
今回、守人として坐ってくれる「けんちゃん」は、
とても居やすい場を作ってくれるという印象があります。
集まっていいただく方々と、どんな場になるのか、とても楽しみです。
のこ
【小林けんじより ご案内】
こんにちは。小林けんじです。
昨年の11月、今回の円坐を主催してくださる”のこさん”は、
ぼくが開いた場に参加してくれました。
そのとき、のこさんはお父さんのことを話してくれました。
「父はコツコツと仕事に取り組んで生きてきた」と語る
のこさんの姿は、なんだかほくほくと暖かで、
今も天気がよくてポカポカしていた会場の雰囲気を思いだします。
円坐で坐っていると、まるでその方の家族や友人の姿を
ありありと見たような気分になることがよくあります。
そしてあの日、ぼくの中に「コツコツと仕事に向き合うお父さん」
の姿が確かに刻まれたのでした。
そう思えば、これまで何度も円坐に坐ったぼくの中には、
一緒に坐った人はもちろん、その人たちの父や母、
お兄さんやお姉さん、弟、妹、おじいちゃん、おばあちゃん、
おじさん、おばさん、友人や恋人、同僚、仲間・・・・
いろんな人の面影が刻まれていることに気づきます。
おそらくこの面影は、思い出として死ぬまで
ぼくのそばにあるのでしょう。
円坐はただ円くなって坐るだけの集まりです。
用意された目的やプログラムはありません。
けれど、あえて「なにもない」という場を開かなければ
見ることも触れることもできない世界があることを、
これまで何度も目撃してきたように思います。
長年、教育関係のNPOで働き、一応はファシリテーターという
肩書きも持って仕事をしていたぼくでしたが、
円坐に出会うまで、もっといえば、
円坐での「きくこと」「はなすこと」の質感に触れるまで
こんな世界があるとは想像もしていませんでした。
20代のころのぼくが、
「困っている人のために」とか
「世の中を変える」と、
力を込めて朝から晩までがむしゃらに働いても、
決してつくることができなかった場がそこにありました。
ミヒャエル・エンデの書いた「モモ」という物語で、
主人公のモモは、人々が語る言葉の「意味」だけではなく、
沈黙や言い淀み、いい間違いも含めた全て、
つまり人といる全ての時間を聞いていました。
そして、モモの前で話す人には、
それまで考えもしなかったことが言葉となり、
「自分自身」になっていきます。
ぼくは、円坐の守人(ファシリテーター)として、
モモのしているような聞き方をしたいと思っています。
「問題を解決しよう」とか
「もっと良くなろう」という想いを手放して
ただただ、その場にいる人の声に耳を澄ましたときに
問題も困りごともなくなるような景色が訪れる。
不思議なことだけれど、やっぱり世界はそんなふうに
つくられているのだと、円坐をする度に思います。
目的もプログラムも期待される効果もない取組みだから
人に説明するのも一苦労。
今回も長々と書き連ねてみましたが、果たして何がどこまで
お伝えてできているのか、分かりません。
そもそも、目的がないのだから、
説明して広めるようなものでもないのかもしれません。
それでも、こんなへんてこな集まりを
一緒におもしろがれる人と出会えるなら、
もう一度、またもう一度、とやってみたくなるのです。
ご縁があればご一緒しましょう。
まだ見ぬ、どなたかを想って。
小林けんじ
◎小林けんじ プロフィール
1982年生まれ。愛知県春日井市出身。
大学時代から大阪の教育系NPOで活動。
卒業後も含め約9年半、関西の小中学校を対象に、
企業や地域と学校をつないだ教育プログラムの開発と実践に関わる。
2008年、橋本久仁彦氏(http://www.enzabutai.com/index.html)
のミニカウンセリングトレーニングクラスを受講し、
きくこと、はなすことの認識の土台が大きく崩れる。
同士の開く場に惹かれ、円坐をはじめダンスとプレイバックスクールの
クラスなどに参加するようになる。同時に、そこで得た視界を
仕事やじぶんの生き方に実践を試みるようになる。
2011年、京都にて東日本大震災の復興プロジェクトの事務局。
初期の復旧支援や関西と被災地のNPOをつないだ復興支援に携わる。
2012年独立。組織の中で働く限界を感じ、
複数の組織のプロジェクトに個人として関わる仕事スタイルになる。
自ら円坐を主催したり、生きるうえで見つめたいテーマだった
お金をテーマにした会を開くようになる。
2014年、フェンスワークスのスタッフとしても活動を開始。
現在、円座やミニカウンセリングで学んだことを軸に、
暮らし・仕事・生きること、などに関連した取組みを行っている。
フェンスワークス スタッフ。
人とお金の研究室 代表。
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