春のソワソワ研究 完結編

公開日: 2017-03-04 暮らし

この記事の完結編。


結論から言うと、

やりたいことをやりたいだけやれば、
やらなきゃいけないことは、
「やってもいいかんじ」になり、
やったらやったで結構楽しかった。

です。

たぶん、ここ数年の自分はこの時期、
結構なソワソワ感で、
気が急いているのを
だめなことだと思いこんでいて、

そういう状態で動いても
自分をすり減らしたり、
ありたい状態から遠ざかるとも思っていて、

動かないでいる。
(でも気になるから
やらなきゃいけないことだけ見続けながら。)

ということをしていたのだと思われます。
そりゃ身動きとれなくなるよな。。。


今回、一度やらなきゃいけないことから
目線を外したら、
やりたいことが結構あるのに気づいて、
そっちをガンガンやっていくと、

シュルシュルとソワソワ感が抜けて、
気持ちがストンと落ち着いて、

「これやっとかないとね。よしっ」
って感じで期日の迫る報告書の作成やら
確定申告の作成やらの「やらなきゃ」を
やってました。


ただ、
やらなきゃいけないことから
目をそらすために湧いてくる衝動と、
やりたいことはたぶん違っていて、

普段からやりたいことを
理屈じゃないところも含めて
観察してやってみる、
ということを続けてきた体験も、
じぶんにとっては大きい気がします。


とすると、
「やらなきゃいけないこと」と
「やりたいこと」って、

「やってもやんなくてもいいこと」
がベーシックな状態で、
それを不安とか焦りに寄せるか、
希望とかワクワクに寄せるか、
によって言い方が変わるものであって、

期日があったり、お金が絡んだりすると
どうしても「なきゃ」ってのが
つきやすくて、
できるだけ順番早めにとか思うけど、


「やってもやんなくてもいいこと」
の行列があったとして、
そこに「やらなきゃ」が割り込んできたら、

「やりたい」もエネルギーあるから、

「なんだよもう!」
「じゃおれはいつすんの?ね?いつすんの!」

ってな感じでで余計に圧が高まって、
結果、余計に「やらなきゃ」が強まる。
(図にしたら面白そうだけど、できません。)

なんてたとえ、
結構いい線いってる気がするんだけどな。


だから、
やってもやんなくてもいいこと会議
みたいなのが(自分の中で)あったとして、

エネルギー高い順に、
やる必然性ある順に、
やることになっていけば、

「やらなきゃ」でも「やりたい」でも、
どっちでもよくって、
単に「やること」としてやれる。
ということなんじゃなかろうかと。

しかし実際に驚いたのは、
「やらなきゃ」と思っていたことが
終わっていくスピードで、
フタをあけてみたら
(毎年やる作業だったのだけど)
例年より全然早く終わっていた。

気にしている時間とか度合いと
実行にかかる時間やしんどさは関係ないって、
分かってたつもりでも驚いたのは、
もう少し深めて見ていきたいところ。

20代に勤めていた頃は、
気にしている時間を増やすことで、
できないことと折り合いをつけていたというか
そういう気もする。

このあたりはまた別の研究で。

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